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2008/12/15 12:50:00
杭州の観光スポット紹介-六和塔

 六和塔は銭塘江の北側にある月輪山の上に聳え立つ塔です。記載によりますと北宋、970年に建立されました。
昔 銭塘江の逆流が非常に激しいため、河の両側の堤防が崩されて土地や家屋も流されました。呉越国の国王銭弘俶がその逆流を鎮めるために造ったもの、と言われています。当時、灯台の役割も果たしていました。

 塔の名前の由来には諸説あります。一つが、北宋の時代、塔の後ろにはお寺があって、そのお寺の名前を六和寺といいました。六和というのは、仏教の六つの戒めを指します。則ち、妄語、偸盗、邪淫、飲酒、殺生の禁止、臭いもの、たとえばにんにく、にらなどを食べてはいけない、この六つの戒律のことです。ここからとって、六和寺と名付けられ、塔もお寺の名前から六和塔と名付けられた、と言われています。
また別の説によれば、水滸伝の中の有名な人物、魯智深、武松、林冲その三人が六和寺で出家したそうです。
東南西北と天と地の六つの方角のことを、六合といいますが、六 “合”と“和”の発音が同じなので六和塔といわれた、という説もあります。

 塔は完成してから、何度も戦火にあいました。今の塔の中心部分が南宋の時代1年間かけて造られたものですが、塔の外側の木造の部分は、1900年に修復されたものです。その後また何回も修復されています。
外側が木造で、真ん中レンガ造りです。レンガとレンガの間に石灰、もち米のおかゆ、卵を混ぜて接着剤として作られました。高さが約60メートルで外から見ると13階立てに見えますが、実際中は7階しかありません。螺旋状のような階段があり、226段あります。頂上まで登ることができます。塔は八角形の形をしています。
各階のひさしにはもともと航路の標識、として提灯がつけられていましたが、火事が危ないなので、そのかわりに104個の鉄の鈴がつけられています。

 文献によると、最初塔は9階立てで、170メートルあったそうです。北宋の有名な職人喩皓も設計に参加して、彼の書いた木経によって造られたそうです。六和塔は1961年に国グラスの重要な文化財に指定されました。

 銭塘江は逆流で有名な川で、全長が約610キロで、一年中一番激しいのが旧暦の8月18日です。その時は、10万トンの海水が、25キロの時速で、80キロぐらい走ります。その逆流を形成する原因は主に二つあり、その一つは太陽と月の引力、もう一つは銭塘江の川口はラッパ状で杭州湾に接しており、川の幅広い所が100キロで、川の奥のほうにくるとその幅が3キロしかない、という地理的条件によります。

 高潮の時、海水が川の奥へ行く程盛り上がります。奥に行くと川の幅がますます狭くなるため潮も高くなり、そして23メートルの飛沫を上げてごうごうと大きな音を立ててつぎからつぎへ逆流します。はっきりと観賞できる所は杭州から50キロ離れている塩官です。世界で、逆流観賞できる場所は2ヶ所しかありません。もう1カ所はブラジルのアマゾン川です。

 銭塘江の逆流には次のような物語もあります。
銭塘江を挟んで、北は呉の国、南岸は越の国でした。呉の国の将軍伍子胥は呉王夫差が越王勾践の降伏を許したのを警告しましたが、聞き入れられず自害しました。しかし伍子胥の懸念通り、のちに呉は越に滅ぼされてしまいます。伍子胥の魂は怒って高潮を立てて、それに乗って呉王夫差の失敗を見に来ている、そうです。

 六和塔から見下ろすと銭塘江第一鉄橋が見えます。それは1934年から1937年にかけて造られたものです。全長が1453メートルで、上はニ車線の道路で、下は鉄道になります。あれは中国人自分で設計して自分の力で造ったものです。今、銭塘江の上には六本の橋があります。

 

 

http://www.xitong.net/hztour/pcguide.htmlから転載。

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